日本に存在した「カタカムナ」は世界最古の文明!?【都市伝説】超訳カタカムナが示す宇宙論とは…

オカルト・怖い話

「カタカムナ」とは、太古から密かに連綿と伝えられてきた謎の古文書のことをいいます。
「太古」とは今から数万年~10万年以前の時代のことで、そのころ日本列島に
住んでいたといわれる謎の人類が残した古代科学の書だと解釈されています。

一説にはこの人類は、宇宙人であったと言われていますが、 カタカムナの真実をを証明できる物証は残念ながら何もないのが現実です。

アカデミックには全くもって認められてはいませんが、もし、本当に「カタカムナ」が太古から伝わった古文書だとすると、従来の人類起源説をひっくり返すような一大事になることは間違いないと言われています。

言語によるメッセージ

「カタカムナ」がどういうものかを説明する前に皆さんは「言語と時間」をテーマにした異色のSF映画『メッセージ(原題:Arrival)』をご存知でしょうか。

この映画は、主人公の言語学者が、宇宙人の言語を解読することで、未来を認識する能力を獲得するという内容なので、主人公である言語学者がエイリアンの書いた表語文字を分析することで、彼らとのコミュニケーションを図るのですが、これはSF映画だから許される荒唐無稽な話のように思われますが、実際に「言語が時間認識に多大なる影響を及ぼしていること」が最新の研究で明らかになっています。

なにか今一ピンと来ない話ですので、少し違う面から深掘りしますがスウェーデン・ストックホルム大学の言語学者エマニュエル・バイルンドは、母語を2つ持つバイリンガルは、言語に応じて「異なる時間把握をしている」ことを突き止めたそうです。

もちろん、映画のように彼らが未来を見通す能力を持っているわけではないですが、外国語を学ぶことで認識能力に変化が起こるというのです。

日常的な感覚からすれば、時間と言葉に関係性はなく、誰でも同じ時間を生きているように思われます。しかし、実際のところ時間は極めて抽象的な “概念” であるため、それぞれの言語によって時間の捉え方には大きな違いがあるそうです。

それがハッキリと現れるのが、時間の空間的な表現においてであり、たとえば、スウェーデン語で未来を意味する「framtid」は、文字通りには「前方の時間(fram/front tid/time)」であり、空間的なメタファーが使用されていることが分かります。

一方、スウェーデン語とは反対に、ボリビアとペルーの公用語の1つである「アイマラ語」で「未来」は、「時間の後ろ」という意味になるそうです。我々日本人にとってもどこか違和感のある表現ですが、「自分の背後を見ることができないように未来も見通すことができない」というのがこの表現のロジックだということです。

さらに、スウェーデン語もアイマラ語、そして、英語も日本語も、前後あるいは左右という水平的な時間把握をしていますが、中国語では垂直的に表現されます。たとえば、「下」 は日本語と同じ意味もありますが、同時に未来を意味する語でもあり中国語で来週は「下周」となります。

同様に、中国語の「上」 は過去を意味し、先週は「上周」となります。このように言語によって時間の把握の仕方が全く異なるため、「言語が時間認識に多大なる影響を及ぼしている」ということになります。

「カタカムナ」の発見

さて、話は少し外れてしまいましたが、太古の古文書だとされる「カタカムナ」。

今から約1万2000年以上も前に、日本で栄えた高度な文明の名であるとされるのですがなぜ縄文以前かというと、「カタカムナ文字」又は「カタカムナ文明」が存在したという痕跡は、縄文時代以降の遺跡や記録には全く見つかっていないからです。

ある研究者は縄文人が世界最古の人類であり最古の文明だと言ったりしていますが、一般的に言われる世界最古の文明でも、この様に、幾何学文字を渦巻き状に描き出すという類似文字は発見されていません。

カタカムナ文字と文献の発見者は、「ケガレ地」「イヤシロ地」という名前で土地の良し悪しを研究し、「静電三法」でも有名な日本の物理学者・楢崎皐月(ならざき・さつき)氏で、天才科学者と言われた楢崎氏が、1949年にカタカムナ文字を入手して解読に成功したそうで、カタカムナの解読そのものは戦後にあたるため比較的あたらしいものといえます。

楢崎氏は、カタカムナ文書を1949年(昭和24年)に兵庫県六甲山系の金鳥山で地質調査中に見る機会のあったとのことですが、その古文書は、父親が「カタカムナ神社の宮司」であったという猟師から、見せられたそうです。

そこに書かれていたのは円と直線で作られた幾何学的な文字で残念ながら、このカタカムナ文献の原書も「カタカムナ神社」という名前の神社も依然不明ですが、楢崎氏は強烈なインパクトを受けたようです。

ちなみに楢崎氏はカタカムナ音声符が片仮名の起源だとみていたようです。これらは「カタカムナ ウタヒ 80首」と言われ、渦巻き状に綴られた幾何学的な文字で「この御神体は、目にしただけでも、目がつぶれる」と言い伝えられてきたそうです。

楢崎氏は、これを見た瞬間、満州滞在時代に、老子教の道士から聞かされていた、上古代に日本に存在したという「アシア族」の八鏡文字(ハッキョウモジ)ではないかと直感したそうです。

楢崎氏は平氏という人物に巻物の書写を依頼し、毎日その書写を見守ったそうですが、この時、写し取られたモノが、「カタカムナ文献」として残されています。その後、楢崎氏は、長年の研究を重ね、古事記その他の古文献を参考にし、カタカムナ文字の解読に成功したという流れになります。

カタカムナでは、基本的に5音と7音の区切りで詠われていることから、日本の和歌や俳句の源流ではないかとも考えられます。又、古事記の「上つ巻」に登場する御神名が、天石屋戸の物語のところまで、その順番でほとんど登場するので、古事記編纂で、稗田阿礼が誦習(ショウシュウ)した際に参考にしたという帝紀、旧辞の一つである可能性もあります。

そして、「カタカムナ ウタヒ」の内容は、「カタカムナ」という生命の根源が、すべての生命、物質の核であり、そこから「トキトコロ」が発信放射され、生命活動が維持された。

そしてこれは、宇宙の全ての物質、生命体の中に相似なるカタチとして存在し、その摂理が、潜象物理として描かれているのだそうです。

カタカムナ人は宇宙の二重構造を知っていた

「カタカムナ」を使用していたとされる「カタカムナ人」は、カタカムナ文字で宇宙のことを私たちに残しているそうです。

  • 我々の住んでいる「物質世界」がある。
  • その背後に物質世界を作り出している潜像世界(多次元世界)が存在している。

カタカムナの宇宙論においては、現代の様な「物質文明、物質宇宙」は、高次元宇宙の「投影像」であるといわれています。ここで言う「投影像」とは「ホログラフィック」なものを言い、生命の起源は、時空表現された物質宇宙ではなく「高次宇宙」にあるというのです。

物質文明もしくは物質宇宙とは、「縦・横・高さ」の3次元に時間軸を加えた4次元の世界のことを言い、我々が物理的に確認出来る世界のことを言います。

そうなるとこの世の中は、カタカムナでいう「宇宙論」に比べると、次元の低い物質崇拝主義の存在ということになります。「高次宇宙」とは、5次元以上の世界を言い、我々人類はまだ理解に及んでいません。

しかし、多次元世界が存在するとすれば、それこそが宇宙の本質であり、そこに我々の創造主が存在しているのではないかと考えられます。地球が存在している宇宙は、一定の大きさを持つ球状(宇宙球)で膨張しづづけてはいない。この宇宙球の外側は、超微粒子のエネルギーの存在する世界が無限に拡がっていて、そこには無数の宇宙球が存在する。

生命の起源は、高次宇宙にその設計図があり、その投影像がそれぞれの生物として映し出している。それが、カタカムナにおける宇宙論・生命の起源になります。