惑星ニビル・アヌンナキは「日本」に降り立ち世界が始まった【都市伝説】忘れ去られた本当の人類起源…

謎・ミステリー 都市伝説

今回の話では話の展開が激しく、最終的に奇想天外結果につながるので、ぜひ最後まで見ていただけたら嬉しいです。では行きましょう!

惑星ニビルは、1982年にアメリカの首都ワシントンDCに創設された、アメリカ海軍天文台で ロバート・ハリントン博士らが、太陽系の惑星を研究中に木星、冥王星、天王星の軌道上に生じたムラを発見したのが始まりで、ゼカリア・シッチンによるシュメールの粘土板解読も相まり、太陽系の10番目の惑星で3,600年周期で太陽も周りを回っていると噂される謎の惑星になります。

人類の起源は未だ不明とされ、ダーウィンの進化論についてもダーウィン自身が人間の進化がだけは説明できないと言っているように、私たちの祖先が何処から来たのかと問題があり、この惑星ニビルのニビル星人であるアヌンナキが古代に地球に最接近した際、地球上で種の起源となる遺伝子操作を行ったのではないかという話があります。

詳しくは以前に投稿した動画を参照していただきたいのですが、2017年には地球と月の距離の85倍ほど地球から離れた場所を移動している謎の天体「オウムアムア」に注目が集まり、惑星ニビルの再来ではないかと話題になりました。

謎の天体「オウムアムア」

2017年10月にハワイの望遠鏡で確認されたこの謎の天体「オウムアムア」は、実は自然物ではなく何者かが作った物体で、宇宙人が送って来た探査機なのではないかという噂が当時広まりました。

それは、オウムアムアが通常の彗星や小惑星とは違う楕円軌道を描いていることが分かったからで、詳しい軌道計算を行ったところ、この天体は太陽系内を周回しているものではなく、恒星間宇宙を飛行して太陽系内に入ってきたことが確認されたためさらに世界中の注目が集まりました。

オウムアムアの構造は岩と氷の固まりで、さらに太陽系の外から飛来したとなると惑星ニビルの情報とは全部が合致はしませんでしたが、もともと惑星ニビルの存在自体が仮説であるため、それほど気にするものではなく、それよりも一般的な小惑星とは違った転がるような奇妙な回転をしながら飛んでいることで、「意図的に飛行している」のでないかという見方も次々に発表されました。

アメリカ・ペンシルベニア州立大学の天文物理学者であるジェイソン・ライト教授によれば、その動きはエンジンが壊れた飛行機と同じだとの見解を見せたものの「自然なものである可能性の方が高い」としながら、何者かに作られた可能性も否定できないとの考えを示しました。

“オウムアムアは長さが400m以上で、いわゆる葉巻型UFOに似ていたためウェストバージニア州にあるその電波望遠鏡は、オウムアムアから発信される電波をキャッチしようとしたものの成功したという情報は流れませんでした。

結局は地球に影響を及ぼすことなく、また何処かへ向かって飛んで行ったのですが、オウムアムアは小惑星で、数十億年前に何らかのカオス的な事象で主星の恒星系からはじき出され、太陽系のある方向に偶然に移動してきた可能性が最も高いという最終結果が出されましたが、太陽系に近づくまで、数百万年にわたってどの恒星系にも接触することなく私たちの住む天の川銀河の中を漂っていたとみられ、数億年以上も恒星間飛行を続けているとも見積もられました。

アヌンナキの降り立った地

謎の天体オウムアムアは、惑星ニビルとはまた違った存在だったのかもしれませんが、楕円軌道を描く天体が存在することの証明にはなったのだと思います。

やはり、惑星ニビルの存在には興味をいだかれ続けているのですが、オウムアムアのように地球に接近し、アヌンナキ達が地球の何処に降り立ったのかはとても気になります。

以前の動画では、中東やアフリカがその候補地としてあげられるという話をしましたが、実は古代にアヌンナキ達が地上に降り立ったその場所は日本だったという説があります。

日本には、「日本は特別だ」という話がありますが、外国はどうなのでしょうか。各国が自国を神格化するような風潮があるのか、それとも海外においても日本は特別な国なのでしょうか。

でも、確かにそう言われると日本とユダヤの関係も、ユダヤの十支族が日本に来たという日ユ同祖論も興味深いですが、逆に日本を中心に人類は世界に広がったと考えるのも面白く、その根拠とされるものもあるようです。

まあ、一般論とはかけ離れていますので、あくまで都市伝説として聞いていただくか、それとも私たちが知りえるよりずっと昔の超古代も話だと思ってください。

世界のはじまりは日本

動画を作ればつくるほど、アヌンナキの存在を信じてしまっている私ですが、アヌンナキを「神」と定義するのであれば、もともと文字も神から与えられたものだと言われていて、宇宙を構成するものの一つで、超古代にアヌンナキは人類に文字を与えたと言われています。

古代エジプトで使用されたヒエログリフは、聖刻文字、神聖文字とも呼ばれ、ヒエラティック、デモティックと並んで古代エジプトで使われた3種のエジプト文字のうちの1つですが。

ヒエログリフは、エジプトの遺跡に多く記されていて紀元4世紀頃までは読み手がいたと考えられていますが、その後、読み方は受け継がれず忘れ去られてしまったと考えられています。

しかし、19世紀になって、フランスのシャンポリオンがロゼッタストーンを解読して以降ヒエログリフが読めるようになり全体の解読が進みました。

ヒエログリフは、一般には古代エジプトの象形文字あるいはその書体を指しますが、広義にはアナトリア・ヒエログリフ、クレタ・ヒエログリフ、マヤ・ヒエログリフ、ミクマク・ヒエログリフなど、他の象形文字に対しても用いられることがあります。

と、ここまでが前置きで、この神聖文字と呼ばれる古代ヒエログリフが超古代日本の神代文字の豊国文字に実に似ているというのが本題になります。

つまり、大胆な説ではありますが、日本の神代文字が古代にエジプトに伝わりヒエログラフになったという説が実際にあるのです。

画像の右が神代文字の豊国文字、左が超古代エジプトのヒエログリフになるのですが、日本語のあいうえお51文字に並べると半数近くが一致し、ファラオ・アイの胸飾りの超古代ヒエログリフの碑文は神代文字で書かれていたというのです。

この碑文を頭上部分から時計回りに読むと
「日経(ひふ)る 天日(あむひ)とともに出る
トゥトアンクアムン 永遠(とわ)にあれ」

「誓ひ トゥトアンクアムン 御身愛(おんみめ)で 
 死したるのち あの世でも 朝な夕べに祈る」

「ここに主(あるじ) 天日奉(あまひまつ)りて
絵師 イシスの宮の 日経(ひふ)る札(ふだ)つくる」

と書かれていることがわかるそうです。
この文章にある「日経(ひふ)る」という表現、これが「日経(ひふ)る民」を意味し、このクル族がエジプトの次に居住することになった中東カナンの地の民となって、その民族が
「日経(ひふ)る」=「ひぶる(hibru)」=「へぶる(hebru)」→へぶりゅー(hebrew)
すなわちヘブライになったため、古代ヘブライ語が「カタカナ=カナンの文字」と似ていると言われています。

つまり、ユダヤ人は2500年前の古代イスラエルから始まったのですが、我々日本人はそれよりずっと以前の、超古代エジプト時代以前から超古代エジプト時代を経て古代イスラエルの時代につながったということになります。

これは人類史をどの尺で考えるかがポイントになるため、歴史を古代イスラエルを起点に考えず、さらに過去に遡って考えるとアヌンナキが日本に降り立ち、様々なものをアヌンナキから与えられた日本人が世界中に広がって行ったという説もいかにも興味が湧く面白い話だと思います。

ちなみに賛否両論あるものの日本の『竹内文書』では神武天皇の時代は紀元前660年頃とされ、天皇の系譜は一代30年としても神武以前に3000年以上、つまり紀元前4000年頃からとなり、現代から6000年以上前の事となっています。

6000年前というと、時代的には旧石器時代に近く、縄文時代の初期あたりだと思いますが、古代エジプトやシュメールでさえ、5000年前のものなので、それより遙かに古い時代の詳しい記録が日本に残されているのも驚愕だと思います。

モアイの背中に刻まれた神代文字

ここまで聞いていただけたら「もしかしたら日本が人類の発祥の地なのかも」と思われた方も多いのではないかと思いますが、さらに驚きなのはイースター島のモアイ像の背中に神代文字が刻まれているということです。

モアイが、チリ領イースター島にある人面を模した石造彫刻であることは有名ですが、モアイは島の海に面したアフと呼ばれる高台に、多くの場合海に背を向けて、正確にはかっての住居跡を取り囲むように多数建てられています。

モアイの目的・用途については、「祭祀目的で立てられた」と推測されているものの、実際の祭祀形態については諸説ありますが定説は未だになく、高さ3.5m、重量20トン、最大級のものは高さ20m、重量は90トンに達するモアイ像を誰が何のために作ったのかは謎とされています。

さらに、当時モアイ像を作ったとされる人たちは突然イースター島から姿を消したことも不思議で、謎の解明が進んでいませんが、研究が進んでいないためモアイ像の背中に刻まれた謎の文字も未解明とされています。

しかし、それは一説によると古代日本の神代文字で、なんと刻まれている文字の意味は「我カムイなり」だそうです。

気づいた人もいるかもしれませんが「カムイ」とは、もともと北海道を中心に狩猟採集を行っていた民族「アイヌ」の言葉で、「カムイ」はアイヌ語で「神格を有する高位の霊的存在」のこと意味します。

そもそも「アイヌ」とはアイヌ語で「人間」を意味する言葉で、もともとは「カムイ」も、自然界の全てのものに心があるという精神に基づいて自然を指す呼称に対する概念としての「人間」という意味であったとされています。

つまり、アイヌの人々は「人間=神」という概念を持っていたことになり世界の民族集団でこのような視点から「人間」をとらえ、それが後に民族名称になっていることは非常にめずらしく、さらにそれがモアイ像の背中に文字として刻まれているのはどういう意味があるのでしょうか。

私たちが一般的に使う「神」は「The God」であり、人間を「神」とする概念では、人間を「A God」と表現します。
この概念の理解は現代人にはなかなか難しいのかもしれませんが、実はこれが人類の起源や宇宙の全てにつながるのかもしれません。