エジプト「ファラオ巨人説」!?実在する巨人の証拠が多すぎる…【都市伝説】

謎・ミステリー 都市伝説

巨人が存在したという都市伝説は聞き飽きたという人も多いかもしれませんが、それは本当に「都市伝説」なのかという疑問を抱いている人も多いように思います。

巨人伝説のほとんどは、架空の物語なのかもしれませんが、本当に世界各地で巨人の骨が発見されているとなれば、もちろん巨人が実在した証拠になりますし、そうなると、巨人はいったいどこから来たのか。そして、巨人はどこに行ったのかという疑問が湧きます。

巨人は人類の祖先か、あるいは宇宙人だったのか、それとも太古の宇宙人がつれて来た巨大なロボットだったのか、憶測が憶測を呼びます。
なぜ世界中の人々が巨人の存在を噂するのかということですが、それは歴史的書物に登場してくるからに他なりません。

一般的には巨人と呼ばれるその存在は「ネフィリム」と表記されるのですが、それらを紹介すると

『創世記』第6章1–4節:

『地上に人が増え始め、娘たちが生まれると、神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。こうして神の子らと人間の娘たちの間に生まれたのがネフィリムであった。彼らは大昔の名高い英雄たちであったという。』

『民数記』第13章32–33節:

カナンを偵察したイスラエルの一隊が、「そこにすむ民は巨人であり、ネフィリムである。彼らアナク人はネフィリムの出だ」とモーセに語る場面があります。

『ヨベル書』:

『巨人たちが人の娘をめとり、そこからネフィリムが生まれたとされる。ネフィリムは「みな仲たがいをして共食いをし、お互いを殺しあった」』

『第一エノク書』7章:

地上に降りて人間の娘と交わった天使たち(グリゴリ)によって、巨人が生まれたという。巨人の体長は3000キュビット(1350メートル)であった。

とあります。これらが抽象的な表現なのか、それとも具体的な表現なのか、はたまた創造的な表現なのかという議論の的になりますが、様々な想像が広がることは間違いなく、正式な研究対象となってもおかしくないはずです。

ちなみりネフィリムという名前の意味は「(天から)落ちてきた者達」で聖書にはダビデ王が戦ったゴリアテという名前の巨人も存在しています。

巨人の遺物

エジプト古代遺跡発掘マニアのグレゴリー・シュペリ氏は、過去に何度もエジプトを訪れ、発掘調査を行っていたそうですが、ある時、盗掘者団から「凄いものがあるんだ。

300ドル払えば見せてやる」と、持ちかけられ箱入りのボロ布に包まれた1メートル近い指の骨を見せられ、巨人・ネフィリムの指だと説明を受けたそうです。

この「1メートルの指」が本物であったのか、それともニセモノだったのかは科学的調査が行われていないため不明ですが、実はエジプトやその他の中東地域には巨人の存在を示唆する遺物が多数存在するようです。

ギルガメッシュは、古代メソポタミア、シュメール初期王朝時代の伝説的な王ですが、ルーヴル美術館に貯蔵されるこのレリーフをみると左上に抱えられたライオンと比較して、体が非常に大きいように感じます。

これは権威や威厳を表現するための技法であった可能性もありますが、見方を変えれば「弱い動物を抱えた」だけにも見えてしまいます。

レリーフ全体をみると骨格や筋肉の感じから見て、技術的な問題ではないように思えますので、「実際のサイズで表現した」とみる方が自然なのかと思います。そうなるとギルガメッシュが5~6メートルを有する巨人だったのかもしれないという見解になります。

こちらは紀元前に栄えたカルタゴの将軍ハンニバルですが。こちらもサイズ的に少し違和感を感じます。

この画像は、「アクエンアテンとネフェルティティと子どもたち」と表現されていますが、「ネフェルティテ」は、「ネフィリム」のことです。

冷静に見てみると、「子供たち」と言われている三体も体型をみると小児の体型には見えず、「小さい成人」のように見えます。

つまりこのレリーフは巨人2体と人間3名が描かれたものではないかという見方もあります。

当時の芸術的感覚では権力や権威を表現すると、

これが普通であった可能性もありますが、芸術は直感的に何を感じるかが大切で、私はこのレリーフからは権威や権力は感じません。どちらかというと和やかな印象を受けます。

こちらのレリーフを見ても中央の人物だけ見ると特に大きさに関しては疑問を感じませんが、中央の人物の後ろに位置する人々は極端なまでに小さくなっています。こちらのレリーフは有名ですので見たことがある人もいると思いますが、改めてみると、頭部が異常に長いことに気づきます。

先ほどのレリーフを見ても分かりますが、古代エジプトのファラをなどは正装として長い帽子を被っていると何となく理解していたのですが、実はファラオは長頭を持つ巨人だったという噂もあり、長頭を隠すために帽子を被り、その名残がバチカンに引き継がれているとも言われています。

ここでバチカンが出てくるとは少し意表をついた感じになりますが、バチカンと巨人の関係については、また今後動画にしたいと思います。

エジプトのファラオ・巨人説

さて、話はどんどん飛躍していくのですが、古代文明と巨人の関連はしばしば指摘されることがあります。2017年には古代エジプトのファラオ、それも巨大建築を作り始めた最初の時代のファラオは「巨人」だったという驚愕の研究成果が発表されたと科学メディア・ライブサイエンスが報じました。

ピラミッドの巨大さと巨人も存在にも何か繋がりがあるのかなと期待が出てきますが、このファラオ巨人説を掘り下げて行きたいと思います。

巨人であったと指摘されたのは、第3王朝(紀元前2686年~紀元前2613年)の初代ファラオ・サナクトで、研究チームが調査した古代の墓から1901年に発見されたサナクトのものとされる人骨は、骨の長さから身長198cmもあったとされ、現代人としてもかなりの高身長ですが、一般的には栄養状態などから身長や体格が決まるとされていて、当時この身長であるなら現代では220cmくらいになるのではないかと思います。

何だその程度の身長ならありえるだろうと思った人もいるかもしれませんが、当時の平均身長が165cm~170cmだと考えるとかなり大きく、身長だけでも王としての威厳が見受けられたことと思います。

ただ、このサナクトのものだとされる人骨には、脳下垂体にできる腫瘍などが原因で成長ホルモンが過剰分泌され、手足や顔の一部、内臓などが異常に大きくなる「巨人症」、もしくは「先端巨大症」の形跡が見られたそうで、聖書に記述されるような「天から落ちてきた者達」ではないのかもしれません。

王家の人間は一般的に栄養状態が良く、身長も高い傾向にあったとも言われているのですが、歴代ファラオの中でも高身長だとされているファラオ・ラムセス二世でも身長175cmほどだったとされているので、やはりその大きさは群を抜いていたのだと思われます。

巨人とピラミッドの建造

古代エジプトの王族で、サナクト以外に巨人であることが判明したファラオはいないとされています。紀元前3世紀頃の歴史家マネトによれば、第2王朝時代にセソクリスという身長260cmもの巨体を誇るファラオがいたと伝えられています。しかし、このファラオが実在したかどうかは不明です。

気になる巨人とピラミッド建造の関係ですが、エジプト古王国の幕開けとされ、古代エジプトを代表する巨大建築・ピラミッドが建設し始められたのはサナクトから始まる第3王朝だと言われていて、サナクトの息子(もしくは弟)である後継のファラオ・ジェセルが史上初のピラミッド「ジェセル王のピラミッド」を作ったファラオとして名高いことが知られています。

ギザの三大ピラミッドは、第4王朝の時代に作られているので、そこにはサナクトの技術や叡智が引き継がれたのではないかと想像できますが、以前より、古代エジプトの巨大建築に巨人が関わっていた可能性を指摘している研究者もいて、巨人ファラオ・サナクトの存在は、伝説に語られる神のごとき巨人たちの実在を裏付けているのかもしれないという見方もできるものの、ピラミッドに使用された重量2~3トンの巨石をファラオ自らが独りで運ぶはずはなく、「ピラミッド・巨人建造説」を語るにはもっと他の証拠が必要だと考えられます。

しかし、ファラオ巨人説は多くある巨人伝説の中の一つに過ぎず、ピラミッド建造に巨人が携わったという説を完全に否定するものでもないのかなと思います。

考古学者たちの苦悩

最後になりますが、世界各地で発見されているという「巨人の骨」は、東アフリカから発掘された人類のルーツアウストラロピテクスの「ルーシー」などをから考えられる「ダーウィン進化論」の考古学とは相容れないため、考古学界や科学界で「普通の学者」が「巨人骨」のことなど話題に出そうものなら即座に「気違い」のレッテルを張られ、所属学会を追放されてしまうと言われています。

これは犯罪ではないにしろ、学会からは完全に無視され、およそ学者という信用を失ってしまうため、こうした「オーパーツ」、すなわち「あってはならない遺物」は、学界とはアウトサイダーな素人たちの「”曇りのない”純粋な知的好奇心や探究心」だけに支えられていて、アマチュアの研究者たちのみが、遺物を大事に保存したり、発掘したりしているのが実状だと言えます。

しかし、素人であるアマチュア研究者が、明らかな巨人の痕跡を見つけたとしても、デマだとか、都市伝説だとしか扱われないので、これが人類の常識になる日はまだ先なのかもしれません。