超古代文明は巨石を〇〇に使った!?常識では解明できない古代の謎【都市伝説】

古代遺跡・古代文明 謎・ミステリー

ストーンヘンジは、ロンドンから西に約200kmのイギリス南部ソールズベリーから北西に13kmに位置する環状列石(ストーンサークル)のことで。円陣状に並んだ直立巨石とそれを囲む土塁からなり、世界で最も有名な先史時代の遺跡になります。

「先史時代」とは、考古学上の年代区分の一つになりますが、人間の歴史で文字を持たず、したがって文字による史料が残されることのなかった時代のことをいい、紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたと考えられていますが、それを囲む土塁と呼ばれる土を積み上げた塀や堀は紀元前3100年頃まで遡るそうです。

これは、古代人の偉大なる業績の一つと言われ、先史時代の文明を象徴する貴重な遺構と言われるもののストーンサークルが造られた目的は依然として謎のままで、現在のイギリス人、アングロ・サクソン人がブリテン島に移住して来た時には、すでに存在していたと言われているようです。

ストーンヘンジの構造を見てみると、馬蹄形に配置された高さ7mほどの巨大な門の形の組石(トリリトン)5組を中心に、直径約100mの円形に高さ4-5mの30個の立石(メンヒル)が配置されています。

夏至の日に、ヒール・ストーンと呼ばれる高さ6mの玄武岩と、中心にある祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇ることから、設計者には天文学の高い知識があったのではないかと考えられていて、巨石が倒れないよう安定させるため石と石の間には凹凸があり、当時としては高度な技術が使われていたのがわかります。

ストーンヘンジの謎

【巨石の運搬方法】

世界中にある巨石文明に共通して言えることが、巨石が他の場所から運ばれてきているということで、エジプトにあるクフ王のピラミッドやイースター島のモアイ像も同様ですが、このストーンヘンジの巨石も、主にサーセン・ストーンと呼ばれる砂岩と、ブルー・ストーンと呼ばれる玄武岩から構成され、最大で50tにもなるサーセン・ストーンは、ストーンヘンジから30kmほど離れた場所にあるマルバラーの丘から持ち運ばれたもので、ひとつ約4tながら82個はあったと見られるブルー・ストーンにいたっては、なんと250kmも離れたウェールズのプレセリの丘から運送されたと考えられています。

これまでの考えでは、つき固めた地面の上に切り出した丸太を並べた“木製ローラー”や、油を引いた木製レール上で巨大な木製そりを滑らせる方法などが提案されています。

しかし、ローラー用の通路を固めた場合に証拠として残るはずの溝はまだ発見されておらず、そりのアイデアもある程度の実現性はあるものの膨大な労働力を要するのは間違いなく、1997年の研究によると、ストーンヘンジで最大級の石を動かすには一度に数百人の男性が必要になること分かっています。

【円形の理由】 

ストーンヘンジは、まず円形に囲われた土手の中に、30個もの巨大なサーセン・ストーンが直径30mほどのサークル状に立てられていて、この列石柱の上には横石が乗り、いまは崩れてしまっていますが、画像のようにかつては円形につなげられていたそうです。

横石はただ乗せられているだけではなく、立石と横石は凸凹を組み合わせて接合されており、横石同士は溝でつなぎ合わされていたのが分かっています。

この円形の内側にブルー・ストーンが同心円状に並べられ、さらに内側には5組の門のような組石(トリリトン)が馬蹄型に並んでいた。

この内側にも同じように馬蹄型にブルー・ストーンが配されていますが、なぜ、このようなサークル状としたのかは分かっていませんし、そもそも、この巨大な横石を今から約4,000年前にどうやって積み上げたのかは未解明です。

【ストーンヘンジの創造者】

考古学的には、紀元前約3000年頃に新石器時代のブリテン諸島で暮らしていたのはウィンドミル・ヒル人で、彼らは半遊牧の生活をしていたことが分かっています。

紀元前2000年頃、青銅器時代にかけては誇り高き戦士であるビーカー人、後期にはウェセックス人がソールズベリー平原を駆けたとされ、武器や装飾品とともに眠るウェセックス人の墳墓が見つかっています。

ケルト系でイギリスの主要な先住民族のブリトン人が、ヨーロッパ大陸からグレートブリテン島に移住してきたのは、ローマ帝国の属国だったブリタニアの時代で紀元前300年頃のこととなり、これはストーンヘンジの建設が終わってから実に1000年以上も経ってからになります。

ストーンヘンジとほぼ同時代に140以上ものストーンサークルが作られているという理由からスコットランドの先住民族ピクト人が巨石文明を築いたのではないかと考える人もいるようですが、彼らもまたその多くはヴェールに包まれたままだそうです。

ストーンヘンジの用途

このストーンヘンジの歴史を見てもかなり興味深いものではありますが、更に知りたいのは、ストーンヘンジが建てられた目的と何に利用されていたかで諸説あるものの、やはりミステリー好きに根強い人気なのは「宇宙との交信説」です。

円形のストーンヘンジから見て、東から約42度の北東方向にヒールストーンは位置しているのですが、夏至の日の出時このヒールストーンと太陽がかさなり、ヒールストーンの影がストーンヘンジの中心に届くことになります。

何のために影が届くように計算されてつくられているかは不明で、科学者の間では「宇宙人の目印」という説や「宇宙の観測」と言う説がありますが、いずれにしても太古の人々は、偉大なる自然のパワーと共存していたのではないかと想像できます。

これとは別にストーンヘンジは、「治療場」だったのではないかという説もあります。2008年に1964年以来となる大規模な発掘調査が2週間に渡って行われた結果、発掘に加わった科学者たちは、ストーンヘンジのブルーストーンがヒーリングのための石としてあがめられていた可能性を示しました。

そして同様に、イギリス・ボーンマス大学の考古学者たちもまた、ストーンヘンジの遺跡が石にヒーリング効果があると信じた人々が訪れる巡礼の地であったという説を公表しています。

このニュースは、世界中に配信されたのですが、この説の主な根拠として挙げられるのは、ストーンヘンジ周辺に埋葬された遺体の多くに外傷や奇形の兆候が見られたためだとのことです。

最後の説は、「古代の天文計算機」説で、ストーンヘンジの中心からアプローチ軸線にあるヒール・ストーンを結ぶ方向が、古代に正確な夏至の日の出方向であったと仮定して、地球の歳差運動によるずれを天文学的に計算して建造時期を推定して見せた最初の人物が、天文学者のロッキャーになり、ストーンヘンジが太陽の運行を観測する古代人の天文台だっだことを証明したとの言われています。

新たな巨石遺跡

ヨーロッパの巨石遺跡は、このストーンヘンジが中心となっている印象を受けますが、2015年にイギリスの考古学者チームが、特殊なレーダーや磁気センサーなどを使った地中探査を行い、ストーンヘンジの近くで世界最大級の謎の巨石環状遺跡を発見しました。

巨石遺跡は、ストーンヘンジよりも1,000年ほど古く、約4,500年前のものと思われ、最大90個の直立巨石は、高さ約4.5メートルにもおよびます。

発掘調査はまだ行われていませんが、新たに発見された巨石群は押し倒された上に、「ダーリントン・ウォールズ」の環状土塁が築かれていたものと考えられています。

この構造物は、新石器時代に宗教的儀式や集会を行う場として使用されていた可能性があるそうで、巨石は当初、最大200個の石で構成されていた可能性があると考えられていて、現在存在しない石は、後にストーンヘンジを建造する石材に使われた可能性があり、残された巨石は、移動を試みた際に壊された可能性があるとの見方もあるそうです。

この巨石遺跡の調査が、ストーンヘンジの謎の解明にもつながる可能性は大いにありますが、調査技術が進歩するにつれて次から次へと世界最古の遺跡が発見されていき、私たちの祖先がいったいどのくらい過去から地球上で暮らしていたのか本当に不思議です。