イエス・キリストのイメージは〇〇が作った【驚愕】 トリノの聖骸布は当時の写真!?

謎・ミステリー 都市伝説

サブチャンネル【世界ミステリーゼミ】にアップロードした動画です。

今回は話の中にイエス・キリストが出てくるが、私は宗教観を語るつもりは一切ないのでそのような表現があっても軽く流してもらえれば幸いだ。

イエス・キリストは、エルサレムのゴルゴダの丘で十字架にかけられ、息を引き取ったのち遺体は布に包まれ埋葬されたとされているが、その布が「トリノの聖骸布」と呼ばれている。つまり「キリストの遺体をつつんだ布」のことで、おそらく「世界で最も有名な布切れ」と言うことになる。

ちなみに余談だが、キリストが処刑されたゴルゴタの丘には、人祖アダムが世界の中心とされる神殿の丘の下に眠っているという伝説がある。

しかし、このゴルゴタの丘の所在は明確には分かっておらず、聖墳墓教会の建っている場所がそうであるという説もあるが、それはいまだに謎とされている。

トリノの聖骸布

話は少しずれてしまったが、イエス・キリストの遺体を包んだとされる「トリノの聖骸布」には、頭を中心に縦に二つ折りにして遺骸を包んだと見られ、頭部、手首、足、脇腹部分には血痕が残っている。

キリストは処刑の際に手と足には釘が打たれ、胸は槍で刺され、背中や体中が鞭で打たれたと言われているが、その痕がハッキリと一致している。

ただ、忘れてはいけないのはキリストは実在した人物なのかという議論や、キリストは神なのか、それとも、人間だったのかという議論もあり、そもそも実在する人物でなかったとしたら、この布はキリスト以外の別の誰かを包んだものだということになる。

この「トリノの聖骸布」は、トリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されているのだが、通常は非公開とされ、不定期に公開されることがある。

公開時には世界中から熱心なキリスト教信者や観光客が訪れ、公開期間に100万人以上が申し込んだという記録もある。それだけ人類にとって貴重な遺物だということは間違いなく、今後も大事に保管されていかなければならないものの一つである。

最近の新発見

近年、この「トリノの聖骸布」に世界中の花粉が付着していることが、最新のDNA検査によって判明した。布に付着している花粉の種類は58種類で、13種類はパレスチナ地方にしか存在しない植物ということも分かっているそうだ。

これがどういう意味を成すのか今一ピンと来ていない人もいるだろうから説明すると、新大陸(アメリカ)発見は1492年とされているが、それ以前のヨーロッパで、北米、南米由来の植物のDNA付着が検出されている事実は非常に興味深く、一般論からすると常識とは「矛盾」していることになる。

想像できるのは、この「トリノの聖骸布」を閲覧しに訪れた人々の身体から落ちた花粉などが付着したということで、可能性的にも高いので、これらの事実と矛盾のおかげで「トリノの聖骸布」が本物なのか偽物なのかという議論は長年の間行われてきた。

この聖骸布は偽物ではないのか?という見解は現在でも激しい論争が耐えないのだが、1353年以前の記録がなく、中世以降に造られたフェイクだというのが偽物だとする研究者の主張となる。

さらに「炭素測定法」の結果も年代が合わないことが分かり、このことから、この布は実際には1260年から1390年に縫合されたもので、良く出来た捏造物であると結論づけられている。

しかし、キリスト教信者を始め世界中の多くの人々がいまだに聖骸布を求めて聖ヨハネ大聖堂を訪れていることを思うとこの偽物説は信じられていないのか、長年の伝承により人々を虜にする力を秘めたと言われている。

現在、年代測定の方法としては、炭素年代測定法が主流であり、科学的には2万6000年前までの正確な測定が可能だということになっているが、この測定法が100%正確なのかという疑問も少なからずある。

世界中に存在するオーパーツももしかしたら、炭素年代測定法のバグであったとしたら瞬時に謎は解明することにもつながる。まあ、安易な発想は要注意ではあるが、個人的には「トリノの聖骸布」は本物であってほしいと考えている。

聖骸布の真相

「聖骸布は偽物である」という報告を受けたバチカンは、キリストの亡骸を包んだものではないとしてその結果を公認した。

これには、かなりの判断を要したと思われるが認めたには、かなりの確証があり、そこには何らかの意図もあると考えられる。

また、この「聖骸布」が偽物だとして、では誰が作成したのかという話になるのだが、なんと、レオナルド・ダ・ヴィンチが作成したのではないかという説がある。

しかし、これもこのような物を作れるのは「天才レオナルド・ダ・ヴィンチしかいない」という発想での主張となり、「実はこの布はレオナルド・ダ・ヴィンチが当時のカメラの技術を駆使して撮影したものだ」という奇抜な説が話題を呼び、さらにこの布に写った人物はレオナルド・ダ・ヴィンチ本人ではないかという見方も興味を引くものであった。

いずれにしても、それはそれで凄い話ではあるが、これが現在のところ真実とされる話になる。

キリストのイメージ像

私はいわゆる無心論者であるが、それでも「トリノの聖骸布」には興味はある。それは、これが本物であれば人類が今後も受け継いでいかなければならないキリストの遺物だからでそれについては諸君達も異論はないと思う。

少し話は変わるが、先ほども名前が出てきたレオナルド・ダ・ヴィンチは15世紀に活躍した人物で、キリストは今から約2,000年前に存在したであろう人物である。

お気付きだと思うが、ダ・ヴィンチですらキリストが存在したとされる時代とは1,500年のズレがある。つまり、ダ・ヴィンチもキリストの顔は分からなかったはずで、そうなると私たちがイメージするキリストの顔は誰なのかということになる。イメージとしては、肩ぐらいまでの長髪で、身長も高いように思われている。

このキリスト像がどこかに記載されているのか、私は見聞きしたことはないが、誰も見たことのない2,000年前の人物のイメージが多くの人で一緒だというのも実に面白いと思わないか?

これについては深く調べた訳ではないが、私たちがイメージするキリスト像をつくったのはダ・ヴィンチだったのかもしれない。もし、そうでなかったとしても中世の絵画などにキリストが描かれていることを思うとその時期に出来上がったイメージだったことがわかる。

キリストの神としてのイメージ

これも知識として知っておくと良いが、私たちはキリストは「神」だと教わってきたし、そのことに対しては特段思いを巡らすようなこともなかっただろうと思う。

しかし、世界ではキリストが「人間」だったのか、それとも「神」なのかという議論が行われている。日本人の私たちにはピンとこない話ではあるが、肉体はあったのだから現代から見ると「人間」だったのだと思う。

実際言われていることは、キリストが亡くなってから、キリストを「神」とするか否かという議論があり、結果として「神」となったのだという。

この意味するところはかなり深く、キリストが奇跡を起こしたという伝説は多く存在し、それどころか復活を成し遂げたとも伝えられている。

言い伝えだけを聞くと、どうも普通の人間ではなかったとしか思えない記述が溢れているため、人間ではないとすれば「神」だということになる。
しかし、キリストがこの世に生を受けた時にはすでに人々は「神」を崇めていたので、「神」という言葉が複数の高次元の存在を指すのに気付く。

これ以上の深堀りは、このゼミの役割ではないので、そろそろこの辺で今回の講義を終えようと思うが、ざっくりとした「神」の概念を話すと、「創造主」が唯一神であり、キリストは地球上で肉体を持った神、そして、なんと私たちも「神」だという概念がある。

そう。あなたも私も神だということだ。これには、いろんな意見もあると思うので、話すのはまだ先にしよう。