古代遺跡に残された謎のテクノロジー【衝撃】宇宙人は古代に地球を訪れていた…

古代遺跡・古代文明 謎・ミステリー

サブチャンネル【世界ミステリーゼミ】にアップロードした動画です。

ペルーのティティカカ湖からあまり遠くないところにあるボリビアの古代都市遺跡「ティワナク」。

遺跡に使われている建築技術は高度な物で、数トンもある岩を組み合わせた建築物には剃刀の刃一枚程も入る隙間がないほどで、中央広場にある太陽の門と呼ばれる構造物は巨大な一枚岩を削って作られたものだと言われている。

ティワナク遺跡は、ユネスコの世界遺産にも指定されていて、紀元800年以前のものだと言われているから、あの有名な空中都市マチュピチュよりもさらに古いことになる。よく見ると神殿の石壁は所々に飛び出していて、顔になっているところが沢山あり不気味な印象も受ける。

これは、当時の人間の技術では建築不可能だと言われていおり、さらには約12,000年前に月が現代の軌道にやってきた事を記したカレンダーがあるとされ、「月の神殿」「月の家」と呼ばれる建築物もあり、超古代文明のロマンをそのまま感じることができる遺跡と言える。

そして、この遺跡は巨人が一夜で作り上げたという伝説が残っていたり、宇宙人が作ったという不思議な話まであることが、さらにミステリアスに拍車をかけている。

謎の古代遺跡

先ほどティワナク遺跡は、チチカカ湖の近くにあることは説明したが、チチカカ湖は標高4000メートルに位置する、世界でももっとも高い湖である。

これほどの高度になると、気圧は地上の半分で大気中の酸素含有量もそれに応じて少なくなり、一般人が労働することはおろか、体を動かすのも困難な環境となる。

ティワナクは、アンデス山脈南部から以南にわたっての広大な地域を支配し、500~900年にかけて栄華を極めた、スペイン植民地化よりも以前に存在した強大な帝国の首都ということになるのだが、なぜ文明と社会が崩壊したのか、その原因はいまだ謎である。

一部では環境・気候の変化(乾燥化)のためではないかという説もあるが、根拠に乏しく詳細はいまだにわかっていない。遺跡の中心部の面積は4.2k㎡、遺跡中心部におけるかつての人口は10,500-50,000人と想定されている。

また、近年の研究では面積は6k㎡と見積もられ直したが、周囲には巨大な堀が巡り、建造物の集中する区域とその外部とを隔てていたようである。

ティワナクの遺跡には重さ100トンはあろう巨石が数多く使われ、石と石の接合部は信じられないほどピッタリと接合されている。

まさに、寸分の狂いもなく、カミソリの刃一枚差し込むことも出来ないのだ。その技術力には、驚嘆するばかりである。これはピラミッドを始め紀元前の巨石文明に共通する点で、当時、地球上では何が起こったのか想像が膨らむ。巨人の存在、地球外生命体介入説、人類の未知のパワー、様々なことが囁かれているが結論は出ておらず、間違いなく言えるのが「方法は不明であれ、巨石遺跡が存在する」ということだ。

謎と伝説

廃虚の中央にある広場のそばには「太陽の門」と呼ばれている建造物がある。高さ3メートル、幅4メートルほどのこの門は、驚くべきことに、一枚の岩石ブロックを切り出して、ここまで成形されているのである。

しかも、表面は見事なほどきれいに研摩されており、神と思しきレリーフの周囲には、48個の意味不明の絵文字のような記号が描かれている。

これはティワナクを一夜にして築き上げたという巨人族をモデルにしたものなのか、それとも巨人族が神として崇められていたのかはわからないが、この文明は神の予言を軽んじたために神の怒りに触れて滅ぼされたという伝承も存在する。

また、ティワナク遺跡の最大の謎は、その周囲に材料になる岩石の石切り場所がどこにも見当たらない点である。これはギザのピラミッドやイースター島のモアイ像、バールベック神殿の巨石などとも共通した謎だと言えるが、後の調査によって、それらの岩石は200~300キロ離れた所から運ばれたらしいことが判明している。

100トンはあろう巨大な岩石を200~300キロも運搬することは本当に可能なのだろうか。恐らく、このような不毛な場所にまで運ぶには、無数の山や深い谷をいくつも越えねばならなかったはずで、不可能ではなかったにしろそこまでの重労働で、巨大な岩石をわざわざ酸素の少ない海抜4000メートルのへき地に運ばねばならない理由は何だったのだろうか。

プマ・プンク

ティワナク遺跡の近くには、地球上最も大きな巨石遺跡の一つ「プマ・プンク」の残骸が散らばっている。プマ・プンクは、もっとも宇宙との関係を指摘されている遺跡とも言われていて、遺跡の保存状態は悪いものの、数トンもある一枚岩でできた建築の一部が今も残っている。

特徴的なのは使われている石の大きさとその精緻な整形技術、そして全体的なデザインの美しさ、石の組み方はあまりにも精巧で、ティワナク遺跡と同様に一枚岩の加工技術はとても高く、長方形の面は見事に平だが、加工に鉄は使用されていいないのだから驚きだ。

さらに驚きなのは、プマ・プンクにはまるで工場で作られたように同じ型の精巧なH型ブロックが多数あり一つのブロックが100トン以上あるため、現代の工場でも造る事は難しいと言われている。熱処理でもダイヤモンド加工でもない未知の工法で製造された巨石ブロック群である。

これらが作られたのは、ティワナク文明の紀元前800年あたりから西暦1200年くらいだと見るのが妥当であるが、遺跡の随所に活かされたテクノロジーについて考察を巡らすと、主流派科学による解釈と現場で目の当たりにする現実の間に、厳然と存在する乖離を感じない人はいないだろう。

これらは、「古代の技術」というレベルではなく、「古代のテクノロジー」と呼ぶにふさわしく、どのようにしてこれが作られたのか想像に及ばない。安易に宇宙人介入説を説くべきではないのは重々承知ではあるが、他に答えが見つからず、そう解釈せざるを得ないのが、このプマ・プンク遺跡である。