古代ナスカ人が地上絵とピラミッド群をつくった目的とは…

古代遺跡・古代文明 謎・ミステリー

ペルーの広大な平原に無数の直線や幾何学模様、そして100以上の図柄に18個の植物や動物の絵が描かれているのがナスカの地上絵である。

その存在は、1550年に歴史記録者であるペドロ・シエサが記述してから、約450年後の1901年にも、ドイツ人考古学者のマックス・ウーレがその奇妙な地上絵に興味を示したのだが、最終的に学術的発見として世界にナスカの地上絵を1939年になって公表したのは、ペルー海岸地方の古代灌漑施設を研究していたアメリカ・ロングアイランド大学の考古学者ポール・コソックだと言われていて、それら巨大な地上絵は、紀元前2世紀から6世紀の間に、「描かれた」と考えられている。

あまりにも巨大な絵が多く、上空からでないと全体像の把握が難しいことからこのような巨大な地上絵を誰が何のために描いたのかというのが大きな謎の一つとなっている。

地上絵を描いた方法

ナスカ砂漠の表面は暗色の礫岩で覆われていて、その下に礫岩に比べてやや白っぽい砂の層があるのだが、表面の礫岩を取り除いて、砂の部分を露出させ、線として浮かび上がらせるという手法で描かれたと考えられている。

線の幅は30cmから、太いもので60cmくらいのものまであるのだが、どのようにしてあのように大きな絵柄を正確に描くことができたのかについては、はっきりと解明されていない。

かなり高いところからでなければ全体像を目に収めることができず、また、ナスカ平原の周辺にそれら地上絵を見渡せるような目だった高台もないことから、熱気球のようなものを利用したとか、宇宙船が利用されたといった説まで出てきている。

ただし、現在では、正確な測量技術を使って、大きな原画の一点から放射状に原画の線上に取った各点を同じ倍数で拡大するといった手法で地上絵を作成したとする有力説が唱えられている。

後代になって、地上絵の中にそのような測量のために用いたと思われる杭が発見されたり、地上絵の縮小画が見つかったことなどから、現在ではこの「原画拡大説」が半ば定説化しているようだ。

この方法で動物などの絵柄を描く場合、全長200メートルまでの実験は成功しているが、それ以上のものは描けるのかという疑問が残るし、ましてや数キロにも及ぶ直線を誤差なく描くのは至難の業だと言われているが、そもそも、巨大な地上絵を書く必要がどこにあったのかが最大の疑問である。

地上絵を描いた理由

なぜ当時の人々が地上絵を書く必要があったのか、その理由には諸説ある。

【農暦説】

これは地上絵のうち、何本かの直線が夏至や冬至の日の太陽の軌跡に一致すること、その他にも太陽の運行に関係すると思われる線が多数あることなどから、農耕の時期を知らせるための暦として描かれたものだとする説で、地上絵の研究で有名な、(故)マリア・ライヘ女史などによって唱えられた。

【公共事業説】

これは、地上絵を描く作業のために人夫を徴用し、その労役に対する報酬として食料を渡すことで地域内の食料を人々に再配分するといった、いわば公共事業の対象として地上絵の作成が行われたとする説である。

【儀式説】

これは、主に雨乞いの儀式のために描かれ、使用されたとされる説でエクアドル産の貝殻など、内陸部のナスカでは手に入れることができず古代の雨乞い儀式に用いていたとされるものが多数地上絵の周辺で見つかっていることから、この説が有力だと多くの支持を得ている。

【宇宙船発着場説】

これは、ストーンヘンジの研究家でもあるホーキンズが、天文説の欠点を多数指摘したことにより、一部では注目を浴びた。

【地下水路説】

マサチューセッツ大学の考古学チームは近年、「直線の地上絵のいくつかは地下水脈を指し示している」という説を発表した。同チームは地上絵の直線図形の地下から、現在でも実際に取水が可能なことを再現して証明していて、少なくとも5つの直線図形は帯水層と一致するそうだ。
しかし、そうなるとイヌやサルなどの絵柄の図形はなになのだという話になり、直線図形などの幾何学模様とは別の目的を持って作られたことになる。

地上絵が消えない理由

なぜ地上絵が何千年も侵食されずに残っていたのかというのも不思議であるが、

一つは、この辺り一帯の降水量が極端に少ないということが影響している。そして、重要なのは地形の構造であると考えられていてこの辺りは硬い土壌が下にあり、その上に土砂が積もるような構造になっている。また、坂に描かれていることが多く、もし雨が降っても雨水が浸透しにくく、これらの複合的な影響により非常に長い間「地上絵」が残っていると考えられている。

二つ目は、描いた線の表面の小石は、長年太陽光線を浴びたせいで酸化し黒くなっていて、しかも、石灰質の土は湿った空気でセメントのように固まってしまい、風化しにくい状態となったため。

三つ目は、実は地上絵の管理人が存在しているからで、管理人が溝を掃除して、消えないように維持しているからだ。

ちなみに遺跡を管理しているのは、ドイツの数学者マリア・ライヘ女史の妹さんで、彼女は20代の頃に訪れたナスカの地上絵に魅せられ、その研究と保存・修復に私財を投じて打ち込み、遺跡が崩されないように毎日溝を掃除し、遠くからでも見られるような展望台の建設にも協力したそうだ。

消える地上絵

近年のエルニーニョ現象の影響で、これまでほとんど雨の降らなかったナスカ平原とその周辺に時折雨が降るようになっていて、それによって地上絵の侵食が進んでいるそうだ。

特に周辺の山岳地帯に集中的に降った雨が無数の小川となってナスカ平原に流れ込み、地表を削り取ってしまう現象が深刻で、それら降雨が残した爪痕は、上空からもはっきりと見ることができる。

それと、観光客が立入ることができる区域は厳しく規制されているのだが、それを守らない観光客がいて、不用意にエリア内に足を踏み入れたり、車を駐車することで、年々地上絵の一部が傷められている。

これはどうにか食い止めなければならないことで、古代人達の痕跡をあたかも観光地と勘違いしているような行動である。

このナスカの地上絵はしばしば話題になり、当然のことながら有名ではあるが実は地上絵の描かれた平原から南500メートルの砂漠地帯に30基以上のピラミッド群が砂に埋まった状態で存在するのが発見されている。

その中で、ひときわ大きくそびえ建つのが、「グラン・ピラミデ」と名付けられたピラミッドで基壇47メートル×75メートル、高さ20メートルという大きさで、ギザの大ピラミッドと比べるとかなり小規模のように感じるが、「巨大地上絵 × 30基以上のピラミッド群」という組み合わせはこの上なく興味を掻き立てられる。