古代核戦争で失われた!?モヘンジョ・ダロと地下に眠る古代都市の謎…

古代遺跡・古代文明 謎・ミステリー

モヘンジョ・ダロは、パキスタンにある遺跡で、今から約100年前の1921年、インダス川の下流に大きな仏塔の一部が大地からのぞいているのが発見され、2世紀前後の大僧院の一部であろうとの予測のもとに発掘が開始されたのだが、発掘が進むにつれ、その遺跡は単なる僧院などではなく、古代都市の遺跡であることが明らかになったものだ。

発掘作業は、十数年間続けられ古代都市の姿が少しずつ姿をあらわしてきたのだが、堅固な城塞、碁盤目状の街路、完備された排水設備、見上げるばかりの穀物倉、広大な沐浴場などそれらは、何千年も前に、緻密な都市計画のもとに建設された周囲5キロにもおよぶ巨大都市であることが判明した。

そして、謎とされているのは、この遺跡では多くの人骨も発見されているのだが、それらは路上や井戸端などで、うつ伏せや仰向けという不自然な状態で横たわっており、あたかも急に死が訪れたかのような状態となっていることだ。

こうした、人骨があるため、この遺跡は現地の言葉で「死の丘」を意味するモヘンジョ・ダロという名前が付けられたそうだ。

この経緯を聞けば納得できるだろうが、モヘンジョ・ダロは今でこそ観光地としても有名となったが1921年に歴史学者が足を踏み入れるまでは、非常に古い時代に生きたであろう「得体の知れない死者が眠る墳丘」として、地元の人々の間に代々伝えられる禁忌の領域だったと言われている。

そのような経緯によりモヘンジョ・ダロという名前が付けられた訳ではあるが、そもそも、モヘンジョ・ダロは、廃墟としての現在の名前であり繁栄していた往時の呼び名、すなわちこの巨大都市の本来の名前については、インダス文字が未だに解読されていないため解明されていない。

そして、それを紐解くヒントすら得られていない。つまり、モヘンジョ・ダロは「名前も分からない謎の古代都市」ということになる。

古代核戦争の痕跡

モヘンジョ・ダロ遺跡の調査を行ったロシアの科学者が人骨群の一部から通常の50倍に上る放射能を検出し、さらに町の壁からは過去に異常な量の熱を一瞬にして浴びたような形跡、そして多量のガラス片が発見しているのだが、ガラス片は瞬間的な高熱で溶解した状態のまま固形化した物質であり、これは、まるで核爆発が行われたとしか思えないような異様な状況だと言われている。

この地域には火山はなく、町を一瞬で焼き尽くす程の高熱が一体何によって作られたのかは不明で、先ほど説明した路上や井戸端などで、うつ伏せや仰向けという不自然な状態で発見された人骨のことも考えるといったいこの地で何が起こったのか謎は深まるばかりだと言える。

また、発見された人骨群は炭素年代測定法により、紀元前2500年頃のものであると判明しているのだが万が一放射能を浴びていた場合、それは確実に炭素年代測定の判別結果に影響を及ぼすため、おそらくはもっと古い時代のものだと考える事もできるそうだ。

一般的な常識では、原子力爆弾は1949年にソ連が開発したことになっているが、この遺跡から発見されている調査結果から見ると、もしかしたら超古代には現代をも超える文明が存在し、現代の兵器に匹敵、または、それを超えるものも存在したのかもしれないことを示唆する。

そして更に、インドのボンベイ付近には、大量のクレーター跡が発見されているのだが、このクレーターは、最大のもので直径約2.1キロメートルにもおよび、その年代はおよそ5万年前に遡ると言われている。

しかし、奇妙な事にこのクレーター付近からは原因となるべき隕石自体が一切発見されておらず、巨大なクレーターのみがそこに残っているだけだ。

調査によれば、そのクレーターを作った衝撃はおそらく600,000気圧という凄まじいもので、更に同クレーターからは、モヘンジョダロを始めとする一連の遺跡と同じように、ガラス質の地表、そして「瞬間的な高熱」の跡が発見されている。

古代インドの2大叙事詩「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」に描かれる神々の戦争のシーンには、まるで核兵器であるかのような強烈な光と熱を放つ大量破壊兵器(アグネアの矢)が登場する。

さらに聖書の創世記には、神の怒りに触れた町「ソドム」と「ゴモラ」が一瞬にして灰と化すシーンが描かれているが、創世記の記述が正確に過去に起きた出来事を記したものであれば、この「ソドム」と「ゴモラ」はモヘンジョ・ダロということになるのかもしれない。

これらの文献、そして遺跡に残された核戦争の面影は、我々に一体何を語りかけているのか。やはり、過去には高度な文明が栄え、人類は過去に幾度にも渡って核戦争により滅びているのだろうか、その答えはどこにあるのかとても興味深いと言える。

モヘンジョ・ダロの年代と都市計画

話はもう一度、モヘンジョ・ダロに戻るが、モヘンジョ・ダロでは最初の生活圏が廃虚になると、その上にさらなる遺跡が覆い、また、しばらくすると、その上に別な遺跡が覆うといった感じで、古代遺跡が何十にも折り重なっていると言われている。

現在も、モヘンジョ・ダロの最下層がどこまで続いているのかは解明されておらず、発掘自体も塩分を含んだ地下水が吹き出すため、不可能と言われている。

近年、調査機器の発達もあり「世界最古の文明」と考えられる遺跡が次々に発見され、いったい人類文明の「最古」はどこなのか、まだまだ調査の余地はあると考えているのだがモヘンジョ・ダロについては、都市自体が古代のものとは到底思えないような、ダストシュート、水洗便所に下水道やマンホールまで完備されていて驚かされる。

1682年に建てられたフランスのベルサイユ宮殿ですらトイレはなく、最近になって取り付けられたことを考えると、モヘンジョ・ダロが反映した当時の技術力は計り知れないものがあると言える。

さらに住宅にも窯焼きレンガを石膏モルタルで固定した後アスファルトで覆い、さらにレンガを重ねて耐水構造にするという高度な技術が使用されているそうでこのような事実から、発掘にあたった考古学者のジョン・マーシャルは「原始社会からこの都市を作れる文明を築くには数千年かかる」と言いい、いかに文明が高度であるかを語ったと言われている。

まとめ

今回の話をまとめると、モヘンジョ・ダロとは「繁栄した年代や都市自体の呼び方も不明で、過去に幾度も滅びている可能性があり、さらに核戦争により滅びた形跡がある。」ということになる。

現在考古学の分野では資金不足により、このような人類の過去を知るための重要な遺跡の調査にも多額の資金は投入できない状況にある。

人類に偉大な発見であっても、それがお金を生まないのであれば我々が過去に遡るメリットは低いというのが資本主義の考え方になろうかと思う。
しかし、私たちが人類が過去にどのようなことを行い、どのような過ちを犯してきたのかを知る必要性は大いにあるのではないだろうか。

ヨーガの教えでは「過去の行い(カルマ)が未来を作る」と言われているそうだ。つまり、悪い行いをすれば、未来も悪いものになり。良い行いをすれば、良い未来になるということだそうだ。もし、古代に核戦争が起き人類は滅亡しているのであれば、過去の行為(カルマ)は現代に蘇ることになる。

つまり、私たちは再び核戦争で滅びるということだ。
しかし、この悪い行い(カルマ)は、どこかで断ち切る必要がある。そのために、私たちは過去の行いを知り、今後、悪い行い(カルマ)を行わないように意識していかなくてはならない。

私のゼミでは宗教観を語るつもりはないが、これは宗教観ではなく、ただ単に善悪の判断である。子供に聞いてもきっと全員が賛成するような事を大人たちが実行できていない。今回のゼミでは「では、私たちはどうすれば良いのか」これを課題として終わろうと思う。