浦島太郎伝説の竜宮城は宇宙に実在した!?本当は光速移動していたという怖い話…

謎・ミステリー 都市伝説

浦島太郎は、日本のおとぎ話の代表として浦島太郎の話は今も昔も人気があります。もちろん私も幼い時から知っていて、何の疑問も感じず何回も聞いたのを覚えています。

一応簡単に話のあらすじを説明すると『亀を助けた報恩として浦島太郎が海中に連れて行かれ、竜宮城で乙姫らの饗応を受け帰郷しようとした浦島太郎は、「開けてはならない」と念を押されつつ玉手箱を渡される。

帰り着いた故郷では、竜宮で過ごしたと感じたより遥かに長い年月が経っていて、失意の余り玉手箱を開けてしまった浦島太郎は、白髪の老人になる』というものになります。

この話は幼心にも何かの教訓か、時間の流れを変えることはできないという意味なのかなと思っていましたが、よくよく考えるとかなり不思議な話で、全てが現実的にあり得ない事ばかりです。

なんせ亀に乗って海中にある竜宮城に行くのですから、100歩譲って亀に掴まって海底まで行ったとしても、もちろん息は続きませんし、竜宮城に人々が住んでいて、そこでしばらく暮らすのですから普通に考えれば「どうやって?」と思うはずです。

しかし、おとぎ話ですから不思議と何の疑問も感じず、受け止めていた自分もそこにいたような気がします。この浦島伝説、古くは『日本書紀』『万葉集』『丹後国風土記逸文』などに記述が残りますが
それらは、名称や設定が異なり、行き先も「竜宮」ではない場合もあります。

私も最近知ったのですが、日本各地には、浦島太郎が居たと伝える伝承や場所が多く存在するようですので、まずはそちらを紹介したいと思います。

浦島太郎が玉手箱を開けた場所

岐阜県木曽川の川面と、白い巨岩の対比がこの上なく美しい日本の絶景「寝覚の床」があります。この場所は、竜宮城から帰った浦島太郎が絶望の末辿り着き、最後に玉手箱を開けたという伝説の残る地でもあり、国の名勝「寝覚の床」と、ほとんど知られていない穴場「裏寝覚」が存在します。

【日本の名勝・寝覚の床】

この場所は、観光地としても有名で「木曽八景」として数えられる景勝地のうちでも最も迫力のある場所だと言われていますが、木曽川の水流によって侵食された花崗岩が「自然の彫刻」を形成し、まるで人工的に作られたかのようで、他では見ることのできないような岩が並びエメラルドグリーンの川とも相まって、どこか地球でないような印象も受けます。

この景色を見ると、この地がその昔、浦島太郎が竜宮城から帰り、玉手箱を明けて”眠り”から覚めた場所だと言われても妙に納得してしまう雰囲気がありますが、竜宮城から戻った浦島太郎は何年も時間が経過し、ふるさとの風景が変わり、知人も居なくなったことから自分探しの旅に出たと言われその行き着いた先ということになるのですが最終的に玉手箱を開け、中から出てきた紫色の煙に巻かれたかと思うと老人になってしまったというのですが、冷静に考えるととても不思議です。

【裏寝覚】

寝覚の床から歩いて10分ほど下流に下ったところに、地元の人しか知らない「裏寝覚」という奇勝地があります。

ほとんど見学者の来ない裏寝覚では四角い巨岩は少なく、複雑な節理と流れてきた岩が亀裂などに引っかかってその場でゴロゴロと動き続け、長い時間をかけて巨岩に穴を掘った無数のポットホールが特徴で、それがまた現実離れするような感覚を生み出すようです。

浦島太郎が行ったのは宇宙

浦島太郎が玉手箱を開けたとされる場所は不思議な雰囲気の漂う場所であることはわかっていただけたかと思いますが、そもそも、竜宮城はどこにあったのかということも疑問ですが、一気に歳をとるという設定も先人たちがなぜそのようなオチにしたのかも知りたいところです。

竜宮城はもちろん海底にあるという設定ではありますが、一説によると浦島太郎は海底の竜宮城に行ったのではなく宇宙ではないかという噂があります。

この話の発端となったのは「竜宮城には3年しかいなかったのに、実際には300年経っていた」という話の部分に対し、京都情報大学院大学の教授が「浦島太郎は、宇宙旅行の物語であるという可能性が考えられます」と発言したことがきっかけです。

なぜ、浦島太郎が故郷へ帰ると、300年もの時が過ぎていたのかということですが、仮に海底の竜宮城に3年間暮らし、地上に戻ったとしても300年もの時が過ぎているというのは納得のいかない話です。

しかし、ここで考えらる可能性としては「浦島太郎は、光の速度で移動していたため」ということでこの現象を相対性理論で説明するには、竜宮城と言われる場所が、光速の99.995%で飛んでいたと考えることができるそうです。

光の速さで移動すると時間が遅くなる「相対性理論」とは、天才理論物理学者アインシュタインが提唱した理論で物理学の革命と言われ、時間と空間の概念を一新するとともに、原子力開発にも結びついたものになるのですが、「光速に近い速さで運動する物体はほとんど時間の進みがないこと」を示すことになります。

つまりは、光の速さに近づくと時間の流れが遅くなるということなので、もしも、浦島太郎が光の速さに近いようなスピードの宇宙船に乗って宇宙を旅していたのならば、その宇宙船の外側にいる人からみると、宇宙船の中の時間はゆっくり進む、つまり時間が遅れているのが観察できることになり、逆に宇宙船の中から外を見ると時間が早く進んでいることが観測できることになります。

こうした「運動している物体の時の流れが遅くなる」現象を、この物語に因んで「ウラシマ効果」と呼ぶのですが、そなると、この相対性理論を基に計算すると、3年が300年になったという話の辻褄が合うことになります。

もし、浦島太郎が地上に戻った時に全く時間が進んでいなかったとすると浦島太郎は光の速度と同じスピードの宇宙船に乗っていたことになりますが、3年という時間が経過していたことを考え光速の99.995%のスピードで移動していたということになります。

つまり、光の速さに近いスピードで宇宙を移動すると地球での時間との差が生じることになり、それをアインシュタインの特殊相対性理論で表現すると、宇宙船内の3年間が地球上での300年に相当するということになります。

竜宮城が宇宙船だったと考えると「亀」は何なのかと疑問をいだいた人もいるかもしれませんが、「亀」は宇宙からの使者「宇宙人」だと考えたら、『浦島太郎は、宇宙人と接触し、宇宙船に搭乗したまま地球時間の3年にもわたる長期の宇宙旅行に出たものの地球に戻ったら300年経過していた』と考えることができるのかもしれません。

この他にも「亀」が宇宙船だったと考えると、『浦島太郎は、宇宙船に搭乗することとなり、光に近い速さで宇宙を移動し「竜宮城」と呼ばれる星、または、スペースステーションやスペースコロニーに行った。

そこでは光の速度は適応されないものの行き帰りの時間と宇宙での滞在時間を足し合わせると300年の時間が経過したことになる』と考えるのもとても面白いと思います。

浦島太郎伝説に隠されたメッセージ

ここまで聞くと、浦島太郎伝説が実話をもとに作られたと仮定するなら浦島太郎は宇宙に行ったとしか思えなくなりますが、話の結末がハッピーエンドではなく、理不尽なバッドエンドで終わっていることにも注目しなければなりません。

おとぎ話や童話は教訓的な内容が多いのに、浦島太郎伝説ではいじめられていた亀を助けるという良い行いをしたのに最終的に一人ぼっちになり、そして、いきなり老人になってしまうという理不尽な話は私たちに何を伝えようとしているのでしょうか。

ここには人間の行動心理が隠されていると指摘する研究者もいます。私たちは「禁止されるとかえって興味をいだく」という心理があります。

「立ち入り禁止」や「閲覧禁止」「悪用厳禁」などがそうですが、浦島太郎伝説でも、乙姫からは「決して開けてはならぬ」と告げられた玉手箱を開けてしまっていますし「鶴の恩返し」でも、「決して中をのぞいてはいけませぬ」と言われたのに覗いてしまい、鶴の恩返しを裏切ることになっています。

これは「カリギュラ効果」と言われ、禁止されるとかえって余計にその行為をやってみたくなる心理のことを言いますが、例えば「押すなよ?絶対押すなよ?」と言われたときにも、押したくてたまらなくなる、あの現象のことです。

禁断の果実に誘惑され天界を追われたアダムとイブの話も同じで、人間は必ずしも合理的に行動するわけではなく、心の働きが重要な役割を果たしているという事を示す典型的な行動になるのですが、浦島太郎伝説に戻り、浦島太郎が宇宙人と共に宇宙に行ったと仮定して考えるとこの話は、宇宙人に連れ去られた「浦島太郎」という人物が後世に残した警告なのか、それとも、「宇宙には出てくるな」という宇宙人からのメッセージなのか深く考えれば考えるほど、話面白くなります。