人類史上5人!?実在した不老不死のタイムトラベラー「サン・ジェルマン伯爵」の謎【衝撃】

謎・ミステリー

皆さんはサン・ジェルマン伯爵という人物をご存知でしょうか。
彼は18世紀のヨーロッパを中心に活動したと伝えられる実在の人物で、「時空を旅する錬金術師」という謎めいた呼び名を有しているのですが、何とも興味の湧く呼び名ですが、そんな彼の存在について深堀りしていきたいと思います。

サン・ジェルマン伯爵

彼はあまりにも謎に包まれた存在であるがゆえに、いわゆる「表の歴史」の中では紹介されることの少ない人物であり、その名前を聞いたことがある人が案外少ないのではないかと思います。

ちなみに私は、最近まで名前すら聞いたことがなかったのですが、調べるうちにそのミステリアスさに惹かれてしまいました。

冒頭で彼は実在した人物であることはお伝えしましたが、彼に関しては多くの記録が残されていて一説にはポルトガル系ユダヤ人とも、ルーマニア王家に縁の人物とも言われているのですが陰謀研究家の中には、サン・ジェルマン伯爵は秘密結社「イルミナティ」のリーダーだったと主張する人もいるようですが、今日では彼は「不死の人」として、神秘思想家から並々ならぬ敬愛を集めているようで、ヘレナ・ブラバッキーの創設した「神智学協会」では、サン・ジェルマン伯爵を「大尊師」として崇め奉っていたことを思うと彼は秘密結社のリーダーなのではなく、どちらかというと霊能者の部類だったのかと思います。

彼はバイオリンなどの楽器を弾くが得意で、発明されてまもないピアノもすぐに弾きこなすことができたと言われています。そして、1745年にサン・ジェルマン伯爵と面会した作家ホーレス・ウォルポールは、「彼は不死身ですべてを知っている男だ。

それだけでなく、音楽家としての才能も抜群で、歌がとてもうまく、バイオリンの名手であり、作曲も行なった」という記録が残っています。さらには、絵の才能も驚くべきほどで、本職の画家が教えを請うこともあったといわれ彼の邸宅には、錬金術の実験室があったことはカサノバが招かれて見ているほか、作曲家ジャン・フィリップ・ラモーによれば邸内には「開かずの間」があって、「ブーン」という奇妙な音がしていたと語っています。

また、不思議なことに彼は後世に発明された蒸気船、汽車、飛行機などについての詳細を、あたかも見てきたように詳しく語ったと言われ化学の分野にも造詣が深く、ルイ15世所有のダイヤモンドの傷を、ある化学的方法で取り除いたことも有名で、サン・ジェルマン伯爵の化学知識は同時代の水準を遥かに超えていたといわれ、錬金術にも精通していた可能性が高いと考えられています。

さらに彼は、フランス語はもちろんのこと、英語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、ポルトガル語、ヘブライ語、ペルシア語、アラビア語、サンスクリット語、中国語を話せたとも言われていて、カリオストロが所有していたとされる実在の18世紀の秘伝書の著者であるともいわれていたり、相手の考えを見抜く能力に長け、テレパシーや空間移動もこなしたとも言われています。

さらにさらに、彼は「アレクサンダー大王がバビロンの都に入場するとき自分もその場にいた」と言っていたり、食事をとらないサン・ジェルマン伯爵のことを使用人にたずねると「まだ300年しか伯爵を知らない」と謎めいた答えが返ってきたり、目の前で銅貨を金貨に変えたという話があったりと全くもって常識では考えられない逸話が山のようにあります。

サン・ジェルマン伯爵は不老不死

彼について、今お話した内容だけを聞くと、いわゆる「大天才」または「奇人」「詐欺師」という印象を思ったのではないかと思いますが、まだまだ彼についての謎は多く一説よると彼は食事が不要だったのではないかと言われていて、サン・ジェルマン伯爵がフランスに住み始めてから10年ものあいだ、誰も彼が食事をとっているところを見たことがなかったそうでサロンの晩餐会に招いても断るし、たとえ出席してもいっさい食事せず酒も口にすることはなかったそうです。

またある時、とある人物がサン・ジェルマン伯爵に、本当は何歳なのかと問いただしたことがあったそうですが、しかし、彼は言葉を濁して答えず、ポンパドール夫人が霊薬を所望すると、「陛下やあなたに怪しげな薬をさしあげるなんて、恐ろしくてとてもできません」と断ったそうです。

そして、その代わりに、大変効果のある「しわ防止」の化粧水を作ってあげたと言われています。その後、彼は神秘主義の研究に没頭するようになったのですが、城の湿った一室にとじこもった研究生活がわざわいしたのか、やがて健康を害して病没したと言われていますが、リューマチと鬱病を患っていたとも言われていますが、ドイツのエッケルンフェルデの教会の古い戸籍簿に、次のような記録が残っています。

「世にいうサン・ジェルマン伯爵、あるいはヴェルダン伯爵。1784年2月27日死去。3月2日埋葬。その他の事項不明。一個人として当教会に埋葬」

つまり、彼は亡くなったのは確かだが、彼についての家族構成や彼の一生、死因などは全く不明ということで、彼は歴史上で全く謎だったということだったのだと思います。

しかし、哲学者のヴォルテールは1760年4月15日のフリードリヒ2世に宛てた書簡で、サンジェルマンについて「決して死ぬことがなく、すべてを知っている人物」であると書き、フリードリヒ2世も彼を「死ぬことのできない人間」と記していることを思うと彼が本当に亡くなったのかという疑問が残ります。

後世に現れたサン・ジェルマン伯爵

不老不死だとか言いながら亡くなっているじゃないかと思った人もいるかもしれませんが、彼の不老不死伝説はここからで、亡くなったはずのサン・ジェルマン伯爵が革命直前のパリに現れたという驚くべき話があります。

マリー・アントワネットは、フランス国王・ルイ16世の王妃であり、フランス革命中の1793年に刑死しているのですが、フランス革命が起こる少し前に、王妃マリー・アントワネットは1通の手紙を受け取っているのですが、なんとそれは、サン・ジェルマン伯爵からの手紙で、内容は「最後の忠告」だったそうです。

もちろんサン・ジェルマン伯爵はこの時なくなっていたはずですが、手紙にはこう書かれていたそうです
「これが最後の警告です。まだなんとか間に合いましょう。民衆の要求を聞き入れて、貴族たちを抑え、ルイ16世は退位されることです。あなた自身が強く力を尽くして対抗しなさい。それ以外の方策はもうありません。あなたは、もはや愛していない民衆から離れて、謀叛者たちに口実を与えないようにすべきです。ポリニャックやその同胞どもを見捨てなさい。
彼らは、この前バスチーユの役人を殺した刺客たちにつけ狙われています。
そして、いずれは殺される運命です」

しかし、マリー・アントワネットは当然のことながら、亡くなっているはずのサン・ジェルマン伯爵からの手紙を信じるはずもなく無視し、結局は捕えられ、断頭台の露と消えてしまうことになります。

すでにこの世にいないはずのサン・ジェルマン伯爵を名乗る人物からの手紙は彼女の運命をまるで知っていたかのように警告したということになりますが、彼女は処刑直前の日記の中で、サン・ジェルマン伯爵の忠告に従わなかったことを悔いたそうですが、悔いた時には、もう遅かったようです。

サン・ジェルマン伯爵のその後の足取り彼が亡くなったとされる1784年以降に、サン・ジェルマン伯爵を目撃した人物もいて、1788年のベネチアで目撃されています。

さらに1822年になって、これからインドに出かけようとする直前のサン・ジェルマン伯爵に会ったという証人が現れています。サン・ジェルマン伯爵はしばらくの間フランスにとどまり、1789年から1790年のフランス革命の様子を見つめていたようで、ギロチンによる死刑が行なわれたクレーヴ広場やパリの街中で多くの人に目撃されているようです。

サン・ジェルマン伯爵がこれほどの能力を持ち合わせているのに謎めいているのは、実はナポレオン3世が残したとされる彼についての記録が1871年のテュイルリー宮殿を襲った火災によって消失した体と言われています。

しかし、これは意図的な抹消だとの見解を示す人もいて、彼は秘密結社イルミナティではなく薔薇十字団の会員で、各地で政治工作をしていたと見ているようです。

薔薇十字団はきわめて錬金術的な自然哲学を持った秘密結社なので、もしかしたらその可能性もあるかもしれませんが、不老不死であったという噂については、彼は特殊なテロメアを持っていたからではないかとも言われています。動物の細胞には遺伝子が存在し、それが細胞分裂する際に両端のテロメアという部分が短くなり、やがてなくなると分裂は止まることが「老い」となるのですが、そこが特殊なリング状の遺伝子であれば短くなる事は無く、生殖は出来ないが理論上「不死」となり、生物学的な確率から考えると、そんな人間が今までに5人は生まれている可能性があるそうで、もしかしたら、サン・ジェルマン伯爵はそういった存在だったのかもしれません。