ヴァチカンがファティマ第3の予言を隠す理由は〇〇!?【やりすぎ都市伝説】「反動力生命体」へ導くヒントとは…

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先日、Mr.都市伝説 関暁夫のYouTubeチャンネル「Mr.都市伝説 関暁夫の情熱が止まらない」で、「反動力生命体」という謎のキーワードを含んだ動画が公開されましたが、その動画に対する考察動画も多くのYouTuberが発信しています。

みなさんいつものように鋭い洞察力で考察されていますが、動画の内容は「ファティマの預言」と関係すると考察するというものが多かったようです。

そこで、今回は「ファティマの預言」について深掘りして行きたいと思います。

ファティマの預言とは

1917年5月31日、ポルトガルの小さな町ファティマで、最初の奇跡が起こりました。聖母マリアと名乗る光り輝く美しい女性が、3人の羊飼いの子どもたち(ルチア、フランシスコ、ヤシンタ)の前に現れたのです。

彼女は、自分が天国から舞い降りたことと「世界が平和であるように毎日祈りなさい」と言い、毎月13日の同じ時刻、同じ場所に来るように告げました。

子供たちは大人たちから様々な妨害に遭いながらも、聖母に会い続けて様々なメッセージを託されたのですが、彼女は今回を含め6回続けて出現することを約束し、消えていったそうでこれがファーストコンタクトとなりました。

2回目のコンタクトは、1917年6月13日で、噂を聞いた村人6~70名が子供達に付いてきたそうですが、彼らはルシアが目に見えない存在に話しかけている様子を、まるで別の世界に引き込まれて行くような気持ちで観察したと言われていて 「ブーン」という蜂の羽音のようなものが聞こえた者もいたそうです。

ルシアの対話が終わったとき、目撃者全員が爆発音を聞き、小さな雲がヒイラギの木のそばから昇って行くのを目にしたとも言われています。3回目のコンタクトは、1917年7月13日で、見学者も5千人に膨れ上がったそうです。この3度目のコンタクトでは、時期が来るまでは口外してはならないという命令とともに、重要なメッセージが預言されました。

これが有名な「ファティマ第3の予言」になり、この内容は25年後にバチカン当局から発表されることになります。4回目のコンタクトは、1917年8月13日で、観衆はさらに膨れ上がり2万人の群衆となったそうです。しかし、ルシアたち3人は姿を見せませんでした。

実は世間を惑わすという理由で、官憲によって投獄されていたのです。
ですが、子供たちの不在のまま、雷鳴がとどろき、閃光がきらめき、ヒイラギの木のそばに小さな白雲が出現、数分後青空に上昇して溶け去ったと言われています。

5回目のコンタクトは、1917年9月13日で群衆は3万人に達し、その中には、奇跡をあばこうと目を光らせている3人のカソリック司祭もいました。

正午、明るく輝いていた太陽が急に光を失い、周囲は黄金色に包まれ青空のかなたから銀白色に輝く卵型の物体が現れ、ゆっくり東から西へと飛びながら、子供たちのいるヒイラギの木の上に静止すると、白雲が生じて物体を包みこんで見えなくなったそうです。

人々がこの奇妙な光景に目をこらしていると、白い綿状のものが空から降ってきて人々が手を伸ばしてつかんだり、帽子で受けると溶け去ってしまったと言われていますが、これはいわゆる「エンゼルヘヤー」といわれる典型的なUFO付帯現象だったのではないかと考えられます。

最後のコンタクトは、1917年10月13日で老若男女、あらゆる階層の人々が現地につめかけ、その数は7万から10万人に達したといいます。中にはヨーロッパの主要新聞の記者や科学者なども含まれていて、その日の奇跡現象は今も語り継がれています。

「閃光がきらめき、付近一帯にはバラの花のような甘い芳香が漂った。その日は、土砂降りの雨だったが突然ピタリと止み、厚い黒雲が割れて銀色の太陽が出現した。太陽は極彩色の光を放ちながら回転し、やがて群衆の図上に稲妻のようにジグザグに落下。これを見た群衆が恐れおののきパニックになった瞬間、太陽は上昇すると元の位置に戻った。

見慣れぬ太陽が消え去り、本物の太陽が輝き始め、我に返った群衆は仰天した。自分たちの衣服をはじめ、木々も地面も完全に乾燥していることに気づいたからである。」

この奇跡は、ファティマを中心とする半径40キロの範囲で目撃されたため、少なくとも直径千メートルぐらいの巨大な物体だったと推測できます。
この事件はポルトガルだけではなく、全ヨーロッパに大反響を巻き起こし、大正8年の日本でも新聞にヨーロッパにマリア様が出現して大奇跡が起こったと報道されています。

ファティマ第3の予言

この聖母マリアの出現にはどのような意味があったのかは様々な憶測がありますが、3回目のコンタクトで授かった「ファティマ第3の予言」は

1.第一次大戦は終わりに近づいたが、このままでは次の法王(ピオ11世)のときに大きな不幸が起こる。

2. 次の大きな不幸の前に、夜間に不思議な光が見える。これは神の警告のしるしである。

3. ロシアは誤りを世界にまき散らし、戦争をあおりたて、多くの国が滅びる。

この予言を検証すると第一次世界大戦、そして、第二次世界大戦を予言しいていたとされているため、3番目の予言は第三次世界大戦を予言しているのではないかと言われていました。

第1と第2の予言に続き、人々は「第3の予言」の公表を待ちましたが、解禁となる1960年を過ぎても、「第3の予言」の内容は発表されませんでした。

その理由は、当時のローマ法王が恐怖のあまり失神するほどの予言内容だったためと言われていました。

60年代になってこの記録を閲覧したローマ教皇ヨハネ23世もその内容に絶句し、再度封印してしまい、続いて次代の教皇パウロ6世も再度封印を解いたが、そのあまりの内容に、数日の間、人事不省になったと言われています。

こうした経緯の後で、2000年5月、教皇庁は、1960年以来、40年間発表を先送りにしてきたファティマの第3のメッセージを正式に発表しましたが、教皇ヨハネ・パウロ2世は、2005年2月23日の著作『記憶とアイデンティティー』においてファティマのメッセージの全容に関する解釈を開示し、その内容を1981年5月13日の教皇暗殺未遂事件であったと規定し、背後に20世紀に生まれた暴力的なイデオロギーに属するしっかりした組織があったと述べ、更に2005年4月に発表された遺言において核戦争なしに冷戦が終結したことを神の摂理として感謝していると残したそうです。

しかし、この発表された文章は前の二つの預言と比べると矮小が過ぎること、前述したように40年に渡って隠匿され、60年代には当時の教皇が絶句したり発表を見送ったりする内容とはとても思えないこと、公開された「第三の秘密」は一群の兵士達によって、白衣の司教ら大勢の高位聖職者達が射殺される、とあり、1981年の事件とはあまりに食い違うことから、疑問視される声も多くあり、第1、第2の預言が戦争に関するものである限り、第3の預言も人類の破滅に関するものに間違いないのではと言われています。

それも、パウロ6世が失神するほどの、壊滅的打撃を与えるものになるはずで、聖母が現れてまで警告する内容はもっと想像を絶するはずです。

ファティマの子供たち

ちなみに聖母マリアから預言を受けたフランシスコとヤシンタの兄妹は聖母の預言どおり、まもなく病死し、2000年にヨハネ・パウロ2世により列福されています。

もう一人のルシアは修道女となり、「予言」の内容を教皇庁に伝えましたが2005年2月13日に97歳で死去しました。

フランシスコとヤシンタの遺体は、1935年と1951年に墓地から掘り返されたが顔の箇所はまったく腐敗を免れていて、奇跡とされ、現在はファティマ大聖堂の中に安置されているそうです。

今回は聖母マリア出現時の超常現象には深く触れていませんので、興味のある方は次回の動画をご視聴ください。