UFOは日本上空にもウジャウジャいる!?日本で発生した謎の物体・宇宙人との遭遇

謎・ミステリー 都市伝説(地球外生命体)

甲府UFO遭遇事件

1975年に山梨県甲府市で起きた、UFOと宇宙人の目撃報道事件ですが、日本で起きたUFOや宇宙人関連の目撃事件としては最も有名なものになります。

この事件の内容は、1975年2月23日午後6時頃、帰宅途中だった甲府市立山城小学校の生徒2名がオレンジ色の未確認飛行物体を発見。

児童らの話によるとUFOとされる物体は彼らを追いかけるように飛行し、2人は物陰に隠れUFOから逃げ切れたそうですが、同時にUFOの行方も見失ったそうです。

その後、二人はブドウ畑に降り立ったUFOを再度発見したそうですが、機体からはチョコレート色でしわしわの「のっぺらぼう」状態の宇宙人が現れたと話しています。

児童のうち1名は背後に回りこんだ宇宙人に肩をたたかれ、その場で恐怖のあまり座り込んでしまい、もう1人はその場から逃げて家族を呼びに行ったが、家族が駆けつけたときには宇宙人は姿を消していたそうです。

しかし、消えていくUFOと着陸痕らしきものを児童の家族も目撃したと話したとされ、これらの報告を受けて放射能の専門技師が現地調査を行い、UFOが着陸していたとされる場所からは人工的な残留放射能を検出したと一部のマスコミが報道しました。

しかし、この時の放射能を人工とする根拠は示されてはいません。
目撃した児童と家族の具体的な証言に加え、甲府市環境センターの管理人がぶどう畑からUFOが飛び立つのを目撃したという証言や、UFO着陸現場付近を車で走行中だった保険外交員の女性が、その宇宙人らしき人物と遭遇した証言など複数の目撃情報が得られた珍しい事件だと言えます。

甲府UFO事件の検証

また、目撃された宇宙人が「帰ってきたウルトラマン」に出てくるバット星人のソフトビニール人形と似ているという指摘がありました。

これは、子供のジョークを大人が真に受けて、子供たちを引くに引けなくさせると言うコティングリー妖精事件やフォックス姉妹のラップ音事件と類似する構造が指摘されました。

さらにブラジルで起こったヴァルジーニャ事件は、酔った少女の冗談をテレビ局が取り上げ放映して事件となったのですが、そういった点の類似性を指摘する人もいました。

一方で、甲府市環境センターの管理人がUFOが飛び立つのを目撃した証言や、UFO着陸現場付近を車で走行中だった保険外交員の女性が宇宙人らしき人物と遭遇した証言もありましたが、こうした証言を集めたのが既にインチキがばれていたアダムスキーを信奉する雑誌であり、その正確性や公平性が高いとは言えません。

また、「UFO」の目撃情報は総合すると旅客機の飛行時間とコースに一致している上に、上には鳥除けのネットが張られ、支柱に囲まれたブドウ畑に、どうやってUFOが着陸したのかと言う点で辻褄が合わず検出された放射能も、自然界のレベルを超えたものではないと言われています。

従って、宇宙人の宇宙船がブドウ畑に着陸し付近を歩行探索したとされる話は、信頼性が低いとされていますが真相は謎のままとなっています。

介良(けら)UFO捕獲事件

これは1972年、高知県高知市東部の介良地区であったとされる、当時複数の中学生が遭遇した両手に乗るほどのサイズの小型未確認飛行物体捕獲事件で、ある日、中学生の友達グループ数人が田んぼのなかで地上1m程のところに静止していたハンドボール大で色とりどりに発光する物体を発見し、気になった中学生達が翌日、同じ田園に行くと、前日と同じ発光する物体の下に灰皿のような奇妙な物体を発見しました。

その物体は灰皿そっくりであったが、底面中央の正方形の中に直径3ミリほどの穴が多数開いていてまわりに古代壁画のような図柄が描かれていたそうです。

グループのうちの一人が、家へ持ち帰ってその物体を調べようと考え、たんすに収納しておいたものの、翌日になると姿を消して元あった場所にもどっていたため、再び友人とともにその物体を確保し、調査のため分解しようとしたり、内部を観察したり水を注ぎこむなどといった実験を行った。

しかし、傷一つつかないどころか、ヤカン2個分の水を飲み込んだといわれていてそのあとも何度か、収納しておいてもまた逃げて元の田んぼにもどり、それをまた確保するという事をくりかえしました。

最後に一人がひもできつく縛って運ぼうとしたそうですが、途中でハンドボール大の発光する物体が出現し何らかの力により引っ張られ、気づいたときには物体は消失しています。

この物体は写真をとろうとしてもシャッターがおりなかったり、フィルムが真っ黒になったりしたため、ボヤけた写真が一枚とれたのみだったそうです。

この事件の信ぴょう性

物的証拠はなく、これらの中学生たちの言葉のみにより事実であると主張されている事件で、ある作家がこの事件に興味を持ち高知まで出向き中学生らを取材し、後にエッセイにまとめています。

この事件の特徴の1つに、UFOの裏面に描かれていた模様の独特さがあります。そこには石器時代のカナヅチ様の古代の壁画を思わせるような意味不明の図柄や『静海波』と呼ばれる魚の鱗状の規則正しい文様が描かれていたそうで、 図形が表す意味については、弘法大師が杖で突いて滝が出現した伝承を図案化したものではないかという説があります。

また、別の作家が、後に事件の目撃者のインタビューを取っているのですが、その際、目撃者の二人がUFOの大きさを巡って真剣な言い争いを始めたとのことで、作り話なら口裏を合わせるのが普通なため「これは本当に何かあったんだな」という印象を受けたと語ったそうです。

仁頃事件

これは北海道に住む青年が、1mの宇宙人に遭遇し円盤に吸い込まれた有名なUFO事件になります。藤原青年は、母親と共に農業を営む純朴な青年で、特にSFや空飛ぶ円盤には興味がなかったそうです。

藤原青年が昭和49年4月6日午前3時頃、玄関を叩く音に目が覚め、服を着替えて表に出たところ、身長1m程の小人が立っていて、近くの畑の上に直径8m高さ1.5m程のオレンジ色に輝く円盤が浮かんでいたそうです。

藤原青年が恐ろしさに逃げ出そうとした所、突然足元から熱風が吹き上がり、あっという間に円盤に吸い上げられてしまったとのことで、間もなく着陸した円盤から飛び降り、近所の民家に助けを求めて飛び込みました。

そしてその日の夕方、藤原青年の耳が熱くなり、指先が震えだし、その指でスプーンに触るとグニャリと曲がってしまう超能力を発揮し、その後はテレパシーで宇宙人と交信出来る様になったと言われています。

4月8日午後6時半頃、藤原青年は宇宙人からのテレパシーにより会見場所を指定され、友人2人と現地に向かい、途中から一人で山中に入り、再び空飛ぶ円盤に吸い上げられました。

その時は、多少精神的な余裕もあり、円盤の内部を観察する事ができたそうですが、この時は月を1周、地球を2周し、午後8時頃に意識不明の昏睡状態で雪の上に投げ出されました。

3回目の搭乗は4月13日。飛行時間は前回よりも長く、暗黒の世界へ連れて行かれましたと語っています。宇宙人によるとそこは木星で、昔は空気もあり動物も住んでいたと言ったそうで、藤原青年はフワフワしたゴムの様な服を着せられ、宇宙人とホースの様なもので結ばれて木星に降り立ったそうですが宇宙人に頼んで、証拠として木星の岩石のかけらを貰ったと言われています。

これらの事件は当時センセーショナルなUFO目撃事件として取りあげられ、特番も組まれましたが真相は明らかになっていません。

しかし、目撃した人物は確実に実在していたため、彼らの目撃話を信じるのであれば、やはりただならぬ怪現象が起きたことになります。